寅さん,写植機に出会う

 『男はつらいよ・寅次郎恋愛塾』。シリーズ第35作(1985年公開)。
 長崎五島列島での商売中に出会ったお婆さんが急死し,それを看取った寅さんが,教会の葬儀でマドンナ・江上若菜(樋口可南子)に出会います。余談ですが教会の葬儀でのオラショは印象的です。
 その後,寅さんが東京の彼女のアパートを訪ねて再会。アパートの2階の彼女の部屋に案内され,紅茶を入れてくれる間に,寅さんは見なれない機械を発見します。以下映画のセリフです。
 部屋の中の布の覆いを掛けられた機械を見つけてその布をめくりながら
寅 「ねぇ,これなんだい,これ」
若菜 「あっ,それ? 写植の機械」
寅 「なんの仕事してんの?」
若菜「印刷会社に勤めてるの」
寅 「あっそう,俺の妹の亭主も印刷工だよ。もっとも,すぐ潰れちまうようなちっぽけな工場だけれどもね」
若菜「あら,そう」
寅 「なに,会社休み?」
若菜「それがね,おばあちゃんの後始末でゴタゴタして,一週間ほどよけいに休んじゃったの。有給休暇があるからかまわないと思っていたんだけど,『他の人は誰も使ってません』なんて上司がグチグチ言うもんだから,頭にきて辞めちゃったの。(略)」
寅 「で,これからどうするんだい」
若菜「当分は失業保険があるし,あとは内職を探してやっていくわ(略)」
寅 「まあそう言わねえでよ,ちゃんとした勤め探せよ(略)」
 事情を聴いた寅さんが,おいちゃんの団子店「くるまや」で,いつも来ている裏の「朝日印刷」のタコ社長に話します。
寅 「ちょうどよかった社長,おまえの会社,ひと足りなくない?」
タコ「とんでもない,オフセットの機械を入れてから人手が余っちゃってクビにしたいぐらい。こないだも誰が無駄かなと考えたら,俺が一番無駄だよ…。(略)で,どうしたの」
寅 「いや,ちょっと頼まれててよ」
 …中略…
タコ「写植かぁ,うちではヒロミちゃんがやってくれるしな」
 そのあと彼女の新会社への求職活動での面接のカットなども入れながら,同時に同じアパートの1階に住む,彼女に思いをよせる司法試験をめざす実直な若者(平田満)との仲を寅さんが取り持つという話です。
 話しのかたわらにその機械が少し映ります。逆光なので鮮明ではありませんが,見た印象は手動機と思います。しかし,普通の木造アパートの2階でも使えたのでしょうか。かなりの重量があると思いますが…。もちろん印画紙の現像のための暗室はどうしているのかなどの詳細にも触れていません。
 もう16年前の,思えば現在に較べればのんびりした手工業の世界ではあります。おそらくその職人芸や手工業時代の最後かその直前だったのかなと思います。いまや写植は青息吐息で消滅寸前とききます。しかしこの変化,あまりにも急激に過ぎたと思うのはぼくだけでしょうか。
(松村泰雄 2001/12/16)