『奪取』,真保裕一
友人・西嶋雅人の借金の保証人になったばかりに,暴力団金融から追われることになった青年・手塚道郎は,背に腹は代えられず,雅人とともに偽札造りに手を染める。
自販機荒らしやテレカ変造の経験がある道郎は,最初は銀行のATMに狙いを絞る。これなら人間の目をごまかす必要はない。とはいえ紙幣識別機のセンサーは相当に複雑だ。用紙の厚みを慎重に選び,すかし部分に有機溶剤を印刷して明るさを調整し,インクジェットプリンタのカートリッジに磁性鉄粉を混ぜるなど,苦労を重ねる。
ようやく完成した偽札は見事に両替機を通過する。ところが,それを一人の老人が見ていた。水田鉱一,印刷工にして,元・偽札造りの達人である。雅人は逮捕され,道郎は戸籍屋から名前を買い,別人として逃げのびる。
ここからが圧巻だ。道郎と水田,そして水田の勤め先である竹花印刷の娘・幸緒との奇妙な友情が展開する中で,本格的な偽札造りの物語が始まる。目標は5億800万円! 帝都銀行の謀略によって潰されかけている竹花印刷の借金総額である。
パソコンには強いものの印刷には素人である道郎に対して,水田のレクチャーが始まる。三大版式の説明からレインボー印刷まで,線数とDPIの違いからプロセスと特色の違いまで,このへんは下手な印刷技術の入門書よりも分かりやすいかも知れない。もちろん,その記述が正確かどうかは,保証の限りではない。
印刷だけではない,水田のレクチャーは製紙にもおよぶ。白すかし・黒すかしの技術,填料の種類,ならし処理(カレンダー,スーパーカレンダー)の技術……。
ところが,借金は返したものの,暴力団は道郎を解放しはしなかった。水田を誘拐し,自販機用の偽札造りを迫る。
高速道パーキングエリアでの受け渡し。道郎は暴力団の車を爆破して逃げるが,水田は撃たれて死ぬ。道郎は再び名前を変え,整形して幸緒とも一切の連絡を断つ。
それから5年,出所した雅人と道郎,女子大生に成長した幸緒の三人は再び偽札造りに着手するのだが……結末は読んでのお楽しみとしておこう。
(秋田公士 2001/10/12)